はなづくし
  向日葵  〜小満の頃〜




 夜とは、こんなにも静かなものだったろうか。

 あかねは、被っている衣の端を握りしめながら、寝返りをうつ。

 ここは、あかねがいた世界とは違う。それはよく解っているのだけれど、それでも驚くほどの静けさに、心がざわついた。

 生き物全てが、息を潜めているようだ。

 目を瞑っているせいだろうか。衣擦れ音一つ聞きもらすまいと、耳を澄ましている自分に気付く。

 眠れないわけではない。それが証拠に、瞼を明けたくても、思うがままにはならなかった。耳だけは塞ぐことができないから、だから、こんなふうに音に敏感になってしまうのだ。それだけのこと。

 今日、あかねは最後の札を入手した。それだけでなく、怨霊を封印することもできたのだ。そのせいで、いつもより少し、疲れている。そんな気がする。

 これで、少しは京は良くなるのだろうか。

 誰も、泣いたり苦しんだりしなくてすむのだろうか。

 傷付いたり、命を落とすようなことは、なくなるのだろうか。

 そして自分は、あの人を、守ることができるのだろうか。

 龍神の神子として、この京に召還され、訳も解らぬまま鬼との戦いに巻き込まれてしまった。そんなあかねを、ずっと守り続けてくれた、あの人。あかねを気遣い、励まし、一緒に笑ってくれた、人。彼のことを思うだけで、心の奥底に灯りが点ったように、明るく、暖かくなる。嬉しいような、切ないような、けれどとても幸福な気持ちになれるのだ。

 自分は、あの人のためになにかできるだろうか。守られているだけでなく、龍神の神子としてでもなく、元宮あかねとして、できることがあるのだろうか。

 現代にいた頃、あかねは神様なんて信じてはいなかった。困ったことがあると、神様にお願いはしていたけれど、特定のなにかを思い描いていたわけではなく、もちろん本気で願いが叶うとも思っていなかった。正月になれば初詣にも行くけれど、それがなんの神様を祀っているかなんて、深く考えたこともなかった。

 けれど。

 今自分の体の中には、龍神の力が存在する。そしてそれは、札を集めたことにより、以前よりも増している。

 いや、もしかしたら、それは札のせいなどではないのかもしれない。

 あかねが京を知り、この京に住む人々を知ったから。そして、心の底から、助けたい、とそう願ったから。そして、誰かを、愛おしいと、そう思うようになったから、だから、龍神の力が増したのではないだろうか。

 四神を取り戻し鬼の手から京を救う。ううん。出来ることならば、誰とも戦いたくない。許されるのならば、鬼と呼ばれる彼らのことも、あかねは救いたいのだ。

 みんな幸せになって欲しい。

 そうして、龍神の神子ではなくなったとき、あかねは、あの人のために、あの人を照らす太陽のような存在に、なりたい。

 薄れゆく意識の中で、あかねは、澄んだ鈴の音を聞いたような気がした。   

〈終〉

writing by 神月 縁


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